仏教ってどんな教え?

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釈尊の説かれた教えをわかりやすく?解説して行きます。

今から約2500年前に釈尊はこの世に生まれられ、修行の末に悟りを開かれました。そしてその教えを伝えることに生涯をかけられました。その教えが現在も伝えられています。
世界三大宗教に数えられるその教えである仏教は、その中で歴史の舞台に一番最初に登場し、後に続くキリスト教に大きな影響を与えたとも言われています。ここでは基礎知識としてご案内して行きたいと思います。
ただスペースの関係上、仏教用語中心になっておりますので、決して分かりやすくないですね。お詫び申し上げるとともに、普段の法話は仏教専門用語を使うときは分かりやすく説明した上でお話しするようにしております。 

①『縁起』(えんぎ)
②『四法印』
③『四諦八正道』    


by光澤寺住職

①『縁起』(えんぎ)・・・釈尊の教えに流れているもの

縁起とは、釈尊が悟りになられたことの根底をなすものです。もちろん今一般的に使われることの多い、縁起がいいとか悪いとかって意味ではありませんよ。この縁起の意味を知ることから仏教は始まります。ただこの縁起の教えはその時代とその教えの流れで内容が変わって行くのですが、ここでは釈尊の原点の教えに戻したとされる龍樹菩薩の中観派の教えで行きたいと思います。縁起とは先ず『無自性』と『空』に展開されます。『無自性』とはこの世のあらゆる存在は、その存在が一つのものとして存在することはなくすべての関係性において成り立っているということ。『空』は日本では無常とも言われますが、私の目に見えるすべてのものは、常に変わらないものなどなく常に移り変わって行くということ。鴨長明の「ゆく川の流れはたえずして・・・」の日本人の無常観でもありますね。この『無自性』と『空』は浄土真宗では「御同朋・御同行」へと展開され、それを包み込むものが『他力』という具合に展開されて行きます。日本の禅宗関係で説かれる『無』は『空』とは微妙に違うので注意が必要です。禅宗の説く『無』は玄奘三蔵の意訳で龍樹の教えとは違う方向に行っています。この点で親鸞聖人は玄奘訳の経典を所依とされていないのは本当に驚きです。この縁起の教えは悟りへ至る流れや境地ではなく、悟りに至るための前提条件みたいなものです。親鸞聖人は『空』を説く『般若経・般若心経』からの引用はされていないですね。『空』を聞いても衆生は中々理解できません。あくまでも衆生が救われていく道を追い求められた方ですから。ただし親鸞聖人の教えにはこの『縁起』『空』『無自性』は全編を通して貫かれています。浄土真宗が大乗の至極と言われるゆえんを感じます。まさに「真宗教証興片州」ですね。インドの釈尊から遠く時代を経た、アジアの片隅に真宗が興されたのです。


この写真の写っているものすべてが縁起に関わっている。

②仏教の旗印・・・四法印(しほういん)

仏教の旗印とは、これがあれば仏教といえる、もしくはこれが無け仏教といえないという、仏教の教えの中心になるものです。どこかで、この教えは仏教かどうかという判断をするときは、この四法印が説かれているかが判断基準です。この四つのどれかでも欠けていたら、仏教とは言えないのです。つまり仏教に霊魂の入り込む余地などありません。

【四法印】

・諸行無常(しょぎょうむじょう)印
・・この世のすべての現象は、常に変わらないものはない。

・諸法無我(しょほうむが)印
・・この世のすべてのものに、我(アートマン)はない。

・涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)印
・・迷いの心である煩悩が吹き消された、悟りの境地。

・一切皆苦(いっさいかいく)印
・・私たちの経験することはすべて苦である。

この教えを四法印といいます。これは釈尊が悟りを開かれたときの中心となる思想です。釈尊の悟りの内容になります。

   

法輪・・・仏教のシンボルマークです。決して船の舵ではありません。釈尊が教えを伝える旅に出る、すなわちこの法(教え)の輪が回転し始めるのです。

③四諦八正道(したい・はっしょうどう)

四諦とは、釈尊がその悟りの内容を伝えていくときの教えのこと。四つの真理というべきもので、その真理を説きあかすことを『諦』と表現します。そして「苦」を滅し「涅槃」へと至るその実践方法が八正道となります。

【四諦】

『苦諦(くたい) 』
・・ 「生きることは苦」である、それを具体化したものが「四苦八苦」。

『集諦(じったい)』
・・ その「苦」の原因、それは私の「煩悩」によるもの。

『滅諦(めったい)』
・・ 「苦」を克服(滅する)した境地、それを「涅槃」という。

『道諦(どうたい)』
・・ その涅槃に至るための実践方法で、その方法が「八正道」。


【八正道】

「正見(しょうけん)」
・・正しいものの見方。これが八正道すべてに影響を与えます。これが無くては八正道は成り立ちません。他の七つの前提条件としてこの正見があります。

「正思惟(しょうしゆい)」
・・正しい意思、思索。
「正語(しょうご)」
・・正しい言葉。
「正業(しょうぎょう)」
・・正しい行い。
「正命(しょうみょう)」
・・正しい生活。
「正精進(しょうしょうじん)」
・・正しい修行、努力。
「正念(しょうねん)」
・・正しい思い、理想の達成のための思念。
「正定(しょうじょう)」
・・正しい精神の統一。

この八正道が、大乗仏教に展開されたときは「六波羅蜜(ろくはらみつ)」が修行の実践方法となります。「六波羅蜜」とは・・・波羅蜜とはパーラミータで「到彼岸」のこと。
悟りの場所・涅槃である「彼岸」に至るための六つの修行・実践方法と言うことになります。 「布施」「持戒」「忍辱」「精進」「禅定」「智慧」の六つ。

ちなみに浄土真宗で「到彼岸」は、弥陀の『本願他力』しかありえませんので、大乗仏教であっても「六波羅蜜」の実践はしません。ただ仏教者として、「八正道」の道を歩むべく努力をすることは大切なこのなので、決して勘違いなきように自省して行かなくてはなりません。浄土真宗では修行を否定している訳ではありません、ただその修行が往生浄土への力にはならないということを知っておかなくてはならないということだと思います。  

 
 

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